死ぬほど寂しい日々

私が入院している間
祖母は叔父のいる長野県で数週間すごす予定だった。ところがあちらで腹膜炎になり即日入院、即手術となった
幸い祖母は96で手術を乗り切った。
その前に祖母の部屋を引き払い、ホームに入れようという話が親戚から出て私は泣いて止めた。
ちゃんと本人が帰ってきてからにしてほしいと頼んだ。他の人にはわからない、わたしと祖母の思い出の場所だし、認知はあってもちゃんとわかるからやめてと頼んだ。
そこまではまだよかったのだけど。

そんな申し出が出るほど祖母はよい状態ではないと分かり、早く会いたい、早く安心させたいと思っていたにもかかわらずその頃からコロナ騷ぎは長野でも始まっていた。

手術後のリハビリ施設は完全面会禁止、
祖母は今全くのひとりぼっちでいる
認知も進んでいるだろう
どの程度事態を把握しているかわからない
わたしを忘れてしまっただろうな
それでも誰が迎えに来ると思ってるはずだ
早く早く迎えに行きたい



悲しくて可哀想で家で吐くほど泣いた
生理も止まってしまった

私が手術を早めたせいでこんなことになった
コロナが危ないから早めにと思った
それがなければ伊勢で見てあげられたのに
ごめんごめんごめん
お祖母ちゃんにあいたいよう。

Maki Kawano

illustration / drawing Ise Mie Japan

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