mokuren

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family affair

いっつふぁみりぁふぇーえー♪と唄うしかない個展あとからの日々!祖母94歳普段は私が面倒を大体見てきたため、個展の間だけ伯父んちに行かせたらぎっくり腰をやってしまった。伊勢になんとか戻ってきたが、腰椎狭窄骨折。無理にいかせなければよかったのかなあと自責の念がおそってくる。慣れない叔父の家で強烈な痛みに耐えていた祖母、不安がマックスになり、しきりに「ここにおってええんかん、だれのうちやん?」と自分の部屋も忘れた。起き上がるのを嫌がり、まる3日眠り続けて加速する認知症状…。クリスマスも正月も返上!おばあちゃーん!野口整体の擦下法、愉気、いわゆるお手当てすれば後頭部ビリビリしている。寝すぎて骨が開くと記憶力は低下していくので起こしておきたいけどすぐに布団にもぐりこんでしまう。ただ、祖母が眠りたいというのは、どうもスリープからのアップデートか?という感じもしたので様子を見ながらいくしかない。起きてきても痛みからの鬱がひどく、積年の恨みが出るわでるわ(笑)大デトックスって感じがする。そんなときに私も祖母も救ってくれたのは食事。寝ていたいとだだをこねまくる鼻先に香りのいいものばかり、カレーうどん、すきやき、ゆず味噌大根、とかを持っていくといい匂い…😃と眠りながら笑顔がでる。食べる?と聞くと食べたいなあ~どやったら食べれるんかなあー、と言う。起きたら食べれるよお。と言ってしばらくするとゾンビのように(笑)あらわれるようになった。食べたら視点が合いはじめ、あああおいしー❤てかわいいの。私も食べ物を作るという行為だけは祖母が拒否しないからうれしくて毎日作りまくっては一緒に食べた。それでも、前のばあちゃんに戻ってほしいなんて私のエゴかもほんとはもうぼけて世話になったほうが楽かもとがんばれなんて言うのが嫌になったもうがんばったもんなーばあちゃんの尊厳ばあちゃんのたましー最後まで見届ける、すごい授業だ。明日でぎっくり腰からちょうど1ヶ月。身の回りのことを進んでやるようになってきて話す言葉の辻褄もあってきた。リハビリに行きはじめている。少し私も自室にいても大丈夫になってきた。そんなときに小室さんのインタビュー、涙なしでは見れず。彼を責める資格は当事者以外の誰にもない、マスコミ滅びちまえ。この話を中枢に届けて別のムーブメントでも起こしてみせてほしい。 

坂口恭平さん

311の後、まともに被爆回避を訴える著名な人を探しましたが、その数は僅かでした。ミュージシャンは原発停止は求めていましが、被爆について、避難についての緊急課題について語ることには消極的にみえました。なんなら一番危険だった時期に避難すべき区域で外に人を集めて歌っていました。なぜだ…何やってんだ…と普通に悩みました。まともな思考が押し退けられる非常時をまざまざと見せつけられる毎日、がれき拡散反対運動に関わって疲れはてていたある日のこと。斜めはるか上の方から、軽やかな短パン姿の男のひとが私の目に飛び込んできました。それが坂口恭平さん。たてない建築家、アーティスト、文筆家。そして新政府総理大臣。駅前で短パンで(二回目)勝手に街頭演説を行い(総理だから)、ゼロ円でサバイブする方法、総理大臣になる方法をだらららららら、だら、だらららららとまくしたてます。速攻で福島原発の被害者を受け入れるゼロ円の避難所をたちあげ、出前迅速、いのっちの電話には彼が直接出てくれます。(かけたことはまだないけど)一年目は2000人の自殺志願者と話をして、日本の自殺者は前年より2000人へっていました。しかもこの根も葉もある狂人はスタイリッシュ、と来ています。彼が躁鬱病の患者であることは有名だけど、セロひきのゴーシュみたいに風がふきまくってふきぬけていく感じがします。訪れるねずみは彼自身なのかな。私は彼の政府の国民になりました。今はその新政府はなくなったのでわたしは難民です。元総理のトークショーは行く途中で鬱のため中止になりました。ならば、と各地方でトークショーの主催を募集していたので、伊勢の主催者になろうと申し込んだら、そのツアー自体が消失してしまいました(笑)かように大好きではあるが縁のなかった坂口恭平さん、今回の伊勢ツアー、フライヤーを制作する運びとなりました。ラッキー。